前川多美江歌集『水のゆくさき』

港より立ちあがる街長崎の五月の空は海照りの光

八日生きし子も一族の紋のうち両手にかこむ壷にねむれる

睫毛まで千涸ぶ泥に固まりて砲を曳く馬立ちつくしおり

八月一日わが撃たれし空襲に崩れし町の写真を見たり

白濁の視界の端にみえてくるわが家の庭の夏葉の椿

 

生家跡 爆心地にむく石垣が石の鱗を落としはじめぬ

 

久しぶりに訪ねた生家跡の石垣。原爆の閃光を浴びたその石垣の表面が剥がれ落ちるのを、「石の鱗」とした比喩が巧みであるし、歳月を越えて被爆体験を作者にありありと蘇らせる。馬場昭徳(解説より)

 

 

A5判上製 2730円•税込