ひとたびは滅びを言はず 烏座の星の砕ける絵はがき届く
真っ赤なる林檎を捥げばその後を空気ぽつこりくぼみてゐたり
オクターブ掴み熱もつ指先のたどりゆくなり雲の輪郭
張りつめる冬の硝子のこころゆゑ健やかな頃のあなたに帰る
大切なものから記憶失ゆくか欅に風の船がきてゐる
高村典子さんの歌には、人間という存在の根を悲しませるような痛切なひびきがある。ひたすらな凝視や思考の中から生れる言葉には、いま対きあっているものの窮極のところをうたいあらわすほかないという、一種、崖っぷちに立つような澄んだ心がある。作者を取りまく身近な題材にも、その言葉の世界は広く作品は痩せていない。作者の独特の個性に期待するところは大きい。
馬場あき子帯文より
四六判上製カバー装 2500円•税別