患者より離れて医師ら昼餉せり一人一人の空ある窓辺
秋の糸一本混じる風が吹き炎暑の街に蜻蛉は浮かぶ
「大霜じゃ」「よう晴れとるわ」天候は母の声して日々われにあり
破線より破れぬように切り取りぬ父母存命の証の紙を
車椅子押し来る家族患者より家族のための治療も選ぶ
久山倫代さんはいま、人生で最も苦しいところにいる。皮膚科のドクターであると同時に、老父母の介護が加わるなか、短歌と向き合っている。若き日の情熱的かつ意志的な久山さんは朝日歌壇の花形のひとりだった。そこから歩み、越えてきたその人生の曲折に感慨が湧く歌である。仕事の上からも病む人や死と対きあう事は少なくない。それが歌う場面の一齣にも、日常感にもある抑止力的にがさとなっているのが共感される歌集である。
馬場あき子・帯文より 四六判上製カバー装 2500円・税込