わが庭の地下に地獄のあるならば今宵満月鬼よ出でこよ
春を呼ぶ風にちぎれし雲ひとつ天頂ちかき満月に輝る
満月を見上げてゐれば伸びて来る白うて細い一条の道
風のなき庭にちひさき風おこしるりしじみ飛ぶ菜の花の上
雷神はわれを見離し行きたらむ光りてしばし後をとどろく
一人居の心地する夜半隣室の夫はしづかに眠りてゐたる
仏桑華の花びらに雨のひとつぶが光りて朝の宇宙を映す
地獄の鬼たちよ満月の下に出てくるなら出ておいで。風にちぎれた雲だからこそ天頂で輝いている。満月が白い光の道を伸ばしてくる。髙山美智子さんはこの十年の間に夫が病気に倒れるという最大の悲痛を体験した。その夫を介護する日々のなかで深められた想いはたとえば満月のこの三首にはっきり読みとることが出来る。伊藤一彦
四六版上製カバー装 2500円・税別