おうおうと月に物言う子を背負い銀の霜ふるバス停にたつ
ざりガニのもにょもにょ鋏ふりあげて新三年生なり四月の教室
ほとばしる水の野性を汲みあげて樹はしずかなり豊かに笑う
われを打つ子の瞳に一点悲のひかり慄然としてその悲を瞠る
海神にむけて信遠古道あり昏きみどりをくぐりてゆかな
生まれきし者のさみしさ聞こえきて聴き始めたり通奏低音
青衣また雪衣まとえる山神に花かかげつつ人は舞うなり
「がるるる」と鳴く蛙、「ふさふさ」と牧場に眠る子馬、「がつがつと」とやってくる寒気、「きーんきーん」と冬星を研ぐ信濃の鬼……。私たち現代人が感得できなくなってしまった気配、聞こえない音、見えない動き等々を、オノマトペの向こうにすらりと浮かびあがらせる。青衣の山神の土地・伊那谷に生きて、我が子をうたい、山神の四季をうたい、教え子たちを豊かにうたう一冊。
佐佐木幸綱