ホスピスへの入院希望を書く紙に誰の意志かを質す欄あり
それぞれの生へひとみな帰りゆく追悼試合終はり日暮れて
わが横でメス動かせる相棒は裁縫上手な大阪女
嬰児の碧の眼濡れてあれば海原の始めここにありと見ゆ
森といふ器に母は寝転びて父なるわれは子を空に抱く
踊り手でありし男の病室にオディロン・ルドンの花咲きほこる
マトリョーシカ分かちて終に現はるる虚をもたない小さき人形
この歌集の著者は、精神科医であり、ホスピスの医師でもある。医師という仕事は、人間の死を、死んでゆく人によりそうようにしてごく近くで見る機会もあれば、鳥の視点のように広い大きな視野で冷静にながめうる機会もある。この歌集には多くの人間の死がうたわれていて、読者は、死を、当然のことながら生についても、独特の遠近法でうたわれた歌にであうことができる。 佐佐木幸綱
A5版上製カバー装 2600円・税別