藤岡眞佐子歌集『思愁期』

思春期は遙かにすぎて今思愁期老いには老いの反抗期あり

霧にうかぶ清しき桜の内らより身を投げ入れよと声の聞こえる

赦されて無限を昇りゆけるもの鳩のむくろの胸厚かりき

在るという痛みに耐えるものたちよ人間も樹も洞をもつもの

がっちゃんとこの日常に鍵かけて森に向かって歩みいだせり 

 

いったい、人はどこから来て、どこへ往こうとしているのか。そんな問いかけが、つねに歌の根底に横たわっている。春の逃げ水のむこうの彼岸を想像したり、桜の中から声が聴こえてきたり、鰭をもって大海原を泳ぎ、側溝を流れる木の葉に載せてと懇願する。こうした虚の空間へと入っていくことのできる無心さこそが、藤岡さんの歌の魅力である。

喜多弘樹・解説にかえてより

 

2500円・税別