あかときに蜩鳴けり ふるさとは大き緑の虫篭なれば
海沿いの墓地へとつづく坂道を大潮坂と祖父のみ呼びき
山手線乗って降りればあとかたもなく新宿は消え果にけり
青空を三日見ないと死ぬという息子よ今日はくもりのち晴れ
「はる」という詩の音読を繰り返す次男の声が食卓照らす
文字通りの知力、胆力に長けた著者の久しぶりの第三歌集。Ⅰ部は出産や育児が主題だが、対象への距離を保って客観的な軽快感がある。Ⅱ部、Ⅲ部では虫のような小さな生命へのつよい思い入れをみせ、また身近な人々との交歓を通して自ずと自覚されてゆく生の時間との葛藤もあって、文学を志した日の青春性の回復がはかられてゆく。
かつても生半可な苦悩などはいわなかっつた著者の、ひとつの転機をはらむ頼もしい歌集といえよう。
馬場あき子・帯文より
四六版上製カバー装 2500円・税別